日誌

校長日記(平成30年度)

修了式式辞


 本日表彰式に続いて、修了式を行いました。
 平成30年度の締めくくりとなりますが、今年度を振り返り、次年度に向けて話をしました。

 皆さん、おはようございます。
 今日が、正式に登校する今年度最後の日となりました。この後ホームルームで担任の先生から、成績表をもらったり、次年度に向けての注意等あるかと思います。
 さて、1学期、2学期、3学期と始業式、終業式が5回ありました。全校集会のようなものもありましたが、とにかく学期の初めと終わりに、こうしたセレモニーを行い、気持ちを新たに切り替え、区切りをつけるというシステムに、日本の学校はなっています。
 そのたびに校長が式辞を述べるわけですが、形式的に新たな気分で頑張ろうとか、自分を振り返って反省するところはないかなど、そうした話が定番なんだろうと思います。私もそうした話もしました。しかし、それだけでは、なんとなく流れて行ってしまって、印象に残らないかなと思い、なるべく皆さんの記憶にとどめてもらえるような話をしてきたつもりです。すぐにどういった話だったか思い出せなくても、言われてみれば確かに聞いた、と思ってもらえるような話をなるべく選んだつもりです。
 ちなみに1学期始業式では、AIが普及して人間から仕事が奪われるようになっても、コミュニケーション力、前向きに取り組む気持ちがあれば、AIに負けることはない、というような話をしました。2学期の始業式ではネット依存の話、終業式では人は何のために働くのだろうかというテーマで、話をしました。赤ちゃんを抱いてバスに乗った母親の話、スーパーのレジ打ちに嫌気がさして、もうやめようと考えていた女の人の話、と言えば思い出してもらえますよね。
 さて今年度最後の講話は、1年の最初にした話にまた戻るような形になります。
 人が生活していくうえで何が大切か考えたときに、やはりコミュニケーション力ということは外せないのではないかと、思います。
 コミュニケーションというと、人とうまく話ができることと考えると思います。自分の考えていること、思っていることをきちんと伝えられるか、そのことは重要ですよね。また、相手の言っていることをきちんと把握・理解できるか、このことも重要です。しかし、技術的なことだけで、人と人との関係はうまくいくのでしょうか?まずは、人の気持ちを理解する、相手を尊重することが一番大切だと思います。
 コミュニケーションの一歩は挨拶からとはよく言われます。挨拶は相手のことを尊重しているという、意思表示でもあるのです。  
 私は毎朝、生徒玄関に立って、皆さんの登校してくる様子を見ています。こちらから挨拶をしても、返事が返ってこないことも実際のところあります。中には、恥ずかしいとか、とっさに声を出すのが苦手という人もいるかもしれません。軽く頭を軽く下げ通過していく生徒もいます。それはそれですが、挨拶を返してくれない多くの人は多分、自分に対して言われているのではない、あるいは、はなから挨拶を返すことなど考えていないのではないか、と思います。
 こんな話を聞いたことがあります。
 かつてある売れない芸人さんに対して、その劇団の演出家が、「あいつには、才能がないからやめさせた方がいい」と言い、劇団から追い出そうとしたそうです。
 すると、「彼の挨拶、返事はすごく気持ちがいい、辞めさせないで!」とその青年を応援する声が多数上がったのだそうです。
 おかげでその青年は首にならずに済んだのです。
 その青年こそ、誰あろうのちの大コメディアン、萩本欽一さんだということです。
 芸は身を助くと言いますが、挨拶も身を助けることがあると思いました。
 どうですか皆さん、近所の人にも挨拶していますか?どうしようと迷ったら、とにかく大きな声で挨拶しましょう。
 次年度、また元気な挨拶とともに、皆さんと顔を合わせることができることを、楽しみにしています。
 以上です。

卒業証書授与式

 
 本日卒業証書授与式を挙行いたしました。天気にも恵まれ、厳粛な中にも温かみのある良い式典だったと思います。
 以下に、私が述べた式辞を掲載します。

  式 辞

 長く厳しい冬の中から、春の兆しがそこここに感じられるようになったこのよき日に、越谷市立大相模中学校校長浅賀公彦様、越谷市立東中学校教頭的場敏幸様、PTA会長岡村義夫様をはじめ、多数のご来賓のご臨席のもと、埼玉県立越谷東高等学校 第三十五回卒業証書授与式を挙行できますことは、教職員一同、この上ない慶びであります。校長として、これまでお世話になりました全ての方々に、心から感謝申し上げます。
 ただ今呼名し、卒業証書を授与した271名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
 保護者の皆様、本日は誠におめでとうございます。保護者の皆様にとりましても、この三年間は平穏な日ばかりではなく、様々な気苦労や、ご心配をされた日々も、あったことと、拝察いたします。しかし、そのような日々を乗り越え、今日の日を迎えられたことに、大きな慶びを感じていらっしゃることと思います。
 ところで、既に昨年以来何度も耳にしている常套句だとは思いますが、この卒業式は、平成最後の卒業式ということになり、皆さんは越谷東高等学校の平成最後の卒業生ということになります。五月一日より新しい時代が始まります。皆さんは、そのような節目の記念すべき年の卒業生なのです。
 皆さんが活躍する新しい時代は、今までにも増して激動の時代になると予想されます。振り返ってみれば平成という時代は、目まぐるしい変革の時代でした。まず、コンピューターそしてインターネットの加速度的な普及、また、小型のコンピューターそのものと化した携帯電話の爆発的な普及により、社会の有り様が随分と変化してきました。
 瞬時に誰もが全世界とつながることができ、リアルタイムで特定の情報を得ることは、当たり前となりました。また、かつてはテレビや新聞などのマスメディアしかできなかった、不特定多数の人に対する情報発信も個人で簡単にできる時代です。それまでの時代では考えられなかったことです。
 しかしそうした明るい光の部分がある反面、今まで想像もつかなかった影の領域もその深さを増しています。インターネットで得た情報は必ずしも正しいとは限らず、また不用意に発信した情報により、過酷なほどのバッシングを受けることも日常茶飯事のように起きています。
 ここ数年来では、AIの技術の実用化が進み、我々の生活の中にどんどん入ってきています。例えば車の運転も、完全に自動化される日がそう遠くない将来やってくるでしょう。そんな社会の中で、コンピューターに仕事を奪われ、AIに使われる人にならずに、AIを使いこなす人になれるかは、これからの皆さんの心がけや努力によるところが大きいと思います。しっかりこれからも学び続ける覚悟を持ち、自信をもって生きていってほしいと期待しています。
 本校の目指す学校像は「志を高くチャレンジ精神に満ちた生徒を育て、きめ細かく面倒見のよい指導を実践し、地域から信頼される学校」です。本校教職員はこの理念のもと皆さんの教育に当たってきました。
 授業はもとより、部活動や課外活動など日々の教育活動を通じて、志を高く持ち、何事からも逃げずに前向きに取り組むように、ある時は厳しくまたある時はともに喜びを分かち合いながら、皆さんと一緒に歩んできました。
 思い出してください、苦しかったけれど記録を少しでも伸ばそうと懸命に走ったマラソン大会、クラスの仲間と協力し合って成功させることができた文化祭、粘り強く取り組み、問題が解けたときの喜び。越谷東高校で過ごしたこの日々の積み重ねは、必ず皆さんの生きるための糧となって、深く心の中に刻み込まれているはずです。
 学校スローガンの三番目は「東高は、夢や希望を共に実現するところ」です。皆さんが思っている以上に、この三年間で皆さんは大きく成長しました。ひるむことなく、未来に向かって挑戦していってください。そして、夢や希望を叶えてください。
 最後に、だるま宰相と呼ばれた高橋是清の逸話を紹介して、みなさんへのはなむけの言葉としたいと思います。
 高橋是清は、昭和初期の金融恐慌の混乱を鎮めたことで有名な政治家です。総理大臣として、また大蔵大臣としての活躍はあまりにも有名ですが、決して順風満帆な人生を歩んだ人ではありませんでした。顔かたちがだるまに似ていたため、だるま宰相、つまりだるま総理と呼ばれたのですが、彼の人生はまさに七転び八起きでもあったのです。
若い頃、アメリカへ苦学しながら留学した際に、人にだまされて奴隷契約書にサインしてしまい、とんでもない目に遭っています。そんな境遇に落ちても、彼はめげることなく、英語の読み書きを身につけ、欧米の社会習慣、考え方を学んでいきます。そして、粘り強くその境遇から抜け出す努力を重ね、ついに帰国を果たすのです。
人はあきらめずに、希望を持ち挑み続ければ必ず道の開けるときがくる。そんなことを思い起こさせてくれる偉人だと思います。
今皆さんの前には、限りない未来が広がっています。臆することなく挑んでいってください。
すべての卒業生の皆さんの今後の限りない発展を改めてお祈りすると同時に、ご来賓の方々、並びに保護者の皆様の益々のご健勝を祈念申し上げて、式辞といたします。

 平成三十一年三月九日

 埼玉県立越谷東高等学校長
               奥木 幹夫


越谷市美術展覧会観覧

 


  越谷市の美術展に本校の美術部の生徒が出品し、3名が入選、2名が入賞したとのお話を顧問の先生から伺ったので、先日、観覧してきました。いずれも丁寧に時間をかけて仕上げたことがわかる力作ぞろいでした。
 なんでも、入選以上の作品が展示されているとのことで、なるほどと思った次第です。
 上の作品は、洋画部門で越谷市議会議長賞をいただいた、3年生榎本彩さんの「Count down」です。下の作品は、奨励賞をいただいた、1年生橋本望杏さんの「青春」です。
 いずれもフレッシュで、高校生らしい感性が生きている作品だと思いました。



 他に、2年生小林彩乃さん「沈没船」3年生山崎智也君「練習」そして、工芸の部で2年生平川夏未さんの「-ヒトー」です。来年はさらに精進を重ねて、一層素晴らしい作品が見られるように期待しています。
 






女子バスケットボール部応援


 1月12日、第4回学校説明会が終わってから、熊谷市民体育館に急行しました。
 女子バスケットボール部が、新人戦県大会に久々に出場を決めたからです。4時からの試合でしたが、県北まで距離があります。間に合うか心配だったのですが、どうにか間に合いました。
 対山村国際高校戦、本校生徒も頑張ってよく戦いましたが、最終的に56-70で負けてしまいました。しかし、内容的にはなかなか頑張った試合だったと思います。
 多くの保護者の方々も、遠方にもかかわらず応援に駆けつけてくださいました。
 また、ちょっといいなと思ったのは、男子バスケットボール部が協力的で、応援にも来てくれたことです。こういったことが、自分たちの次の結果につながると思っています。
 それぞれの部活動が頑張っていますが、普段の努力が実を結び、充実した結果を残せることを期待しています。

 「東高は、夢や希望を共に実現するところ」-学校スローガン③

3学期始業式式辞


 みなさん、あけましておめでとうございます。

 冬休み、みなさんはよいお正月を過ごしたでしょうか?気がつけば松もとれて、3学期のスタートです。今回は正月に関連した話を少ししたいと思います。

 「お正月が来る」とよく言いますが、正月を迎えるに当たっては、年末に大掃除をしたり、おせち料理を作ったりして、新たな気分で新しい年を迎えることが日本では習慣となっています。

 新しい年の始まりだから、気分を一新するために掃除をしたり、門松や注連飾りなどを飾り、お祝いをするのだと何となく思っているのではないでしょうか?

 実は、もともとは気分を一新するために大掃除をしたり、お節料理を食べたりしたわけではないのです。正月が来るといいましたが、正月とは神様のことなのです。年神様すなわちその年の新しい神様がやってくるので、失礼のないように家をきれいに掃き清め、特別な料理でおもてなしをするという意味があったのです。どうぞ新しい一年が、災いのない健やかな年でありますようにと言う人々の願いが、込められていたのです。

 最近ではそうした意味も忘れ去られ、ただのお休みで何となく炬燵でだらだらと過ごすことが、一般的になっているような気がしますが。

 ところで、正月の挨拶はおめでとうと言いますが、室町時代の高僧一休宗純は、正月でめでたいと浮かれ気分の都の街中を、髑髏のついた杖をつきながら、「ご用心、ご用心」と唱えながら歩いたといわれています。一休宗純は、テレビアニメでもおなじみの一休さんのモデルとなったお坊さんです。

 正月早々、異様な格好で「気をつけなさいよ、気をつけなさいよ」と洛中を練り歩く様は、不気味でおめでたい気分に水を差します。一休さんは何が言いたかったのでしょうか?何に気をつけろと言うのでしょうか?

一休さんの狂歌に「門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」というのがあります。

 昔は満年齢ではなく、数え年という年齢の数え方をしていたので、正月が来るとみな一斉に年をとったのです。要するに誕生日が来て年をとるのではなく、正月が来るとみんなが一斉に年をとったのです。例えば、大晦日に生まれた赤ちゃんは、数えでは生まれるとすぐ1歳とされるので、翌日の元日には2歳となってしまうのです。  

一里塚はわかりますよね。街道沿いに約4キロメートルごとに植えられていた樹木のことで、どのくらいの距離を歩いてきたかの目安となるものです。

 一休さんは、正月だめでたいと、うかうかしている人たちに、正月が来ると一つずつ年をとって確実にあの世に近づいているのだよ、人生あっという間だよ、大丈夫?と警鐘を鳴らしているのです。

 今年は平成最後の年です。4月で平成は終わりになり、新しい元号に代わります。次の元号についても興味がありますが、新しい元号は4月1日に発表になるようです。それはさておき、今年は節目の年です。

3学期は1月行く月、2月逃げる月、3月去る月と言う言葉があります。年度の終わりも近づき、うかうかボーとしていると、あっという間に時は過ぎて、あれもしておけばよかった。これはもう間に合わない、しまったと、言うことになりかねません。

3年生は、進学するにしろ就職するにしろ、社会へ出て行く準備を整えてください。あと学校へ来る日も残りわずかです。この間に何ができるかよく考え、しっかりやって下さい。

2年生はいよいよ4月には最上級学年です。2年生の3学期は3年0学期とはよく言われることです。進路実現を目指して、今から動き始めてください。

 1年生は2年生になる覚悟をもって過ごしてください。1年生は入試の仕組みが大きく変わる節目の学年です。戦後最大の教育改革と言われる変革が始まります。でも、条件は皆同じ、早くから心構えを作って取り組んだ人が成果を上げるのは当然のことです。

 さあみなさん、締めの学期です、さらに平成の終わりです。終わりよければすべてよし、しっかり取り組んでやっていきましょう!

2学期終業式式辞


 みなさん、おはようございます。

 3つの学期の中で一番長い2学期が今日で終わりになります。若菜祭から始まり、2年生は修学旅行、マラソン大会、そして先日行われた球技大会。私としては、あっという間だったなというのが率直な感想ですが、皆さんはどうだったでしょうか?あと1週間余りで平成30年も終わりになります。

 ところで、2学期の初めに私が何を話したか覚えていますか?オンラインゲームのやりすぎが、依存症として問題になっているという話でした。いわれてみれば、そんな話聴いたなと大方の人は思い出してもらえたと思います。

 10月の講話では、人はなぜ学ぶのかということについて、話しました。「そんな話聞いたっけかな?」と思うかもしれませんが、タイムマシンだの室町時代のなぞなぞだのといえば、ああ、あれかと思い出してくれる人も多いと思います。

 さて、今日は働くということについて、少しお話ししようと思います。

 3年生の就職希望の人たちは、ほとんどが2学期中に就職先が決まりました。進学する人も多いですが、いずれにしろいつかは、みんな仕事をすることになると思います。

 なぜ働くのか?直接には、生活するためにお金を稼がなければならないから、ということだろうと思います。しかしそれが100%かといえば、少し違う気もします。生きがい?まあそれもあります。

 これからお話しすることは、そんな問いかけへの一つのヒントとなるかなと思います。なお、この話は直接私が見聞したものではなく、ある方の講演会で伺った話の一部です。

 

 泣き叫ぶ赤ん坊を抱えた若い母親が、バスに乗車して間もなくのバス停で降りようとした時、バスの運転手が「ここが本来の目的地ですか?」と聞きました。本来であれば、余計なお世話かもしれません。

 若い母親は「本当は新宿駅まで乗りたいのですが、子どもが泣き叫ぶもので…」と答えました。

 その時、運転手はおもむろに車内アナウンスを開始し、次のように言ったのです。

 「皆さん、この若いお母さんは新宿まで行くそうなのですが、赤ちゃんが泣いて皆さんにご迷惑がかかるので、ここで降りると言っています。子どもは小さい時には泣きます。赤ちゃんは泣くのが仕事です。どうぞ皆さん、少しの間、赤ちゃんとお母さんを一緒に乗せてあげてください」

 車内から自然に拍手が沸き起こったそうです。

 

もう一つの話は、少し古い話かもしれません。小さなスーパーでレジ打ちする女性の話です。

 

 今まで転職を繰り返してきた彼女は、レジ打ちの仕事にも不満を感じていました。

 ある日、田舎の母親から「帰っておいでよ」という電話をもらい、帰郷を決心します。そんな彼女でしたが、荷造りしながら古い日記を見つけ、ピアニストを夢見ていた少女時代を思い出します。

 あの頃に比べ、すっかり「逃げ癖」がついてしまった自分-その後、泣きながら「もう少しここで頑張る」と母親に電話をする彼女の姿がありました。

 翌日から彼女の仕事ぶりが変わります。ピアノの要領でキーの配置を覚え、レジ打ちに余裕が出ると、一人ひとりのお客様との会話が楽しくなってきたのです。

 「今日はマグロよりカツオがおすすめですよ」なんて、アドバイスをすることもありました。そしてある日、彼女は奇跡の体験をすることになります。

 その日のスーパーは大混雑。彼女はいつものようにお客さんと会話しながらレジ打ちに追われていました。

 すると、「恐れ入りますが、空いているレジへお回りください」という店内放送がはいります。

 「えっ?」と思い、周りを見回した彼女は信じられない光景を目にします。

 5つあるレジのうち、お客さんが並んでいるのは自分のレジだけ、ほかの4つのレジには誰も並んでいないではありませんか。

 店長が駆け寄ってきて、「お客様、どうぞ空いているレジへお回りください」と言ったその時、一人のお客が「放っておいてちょうだい。私はここへ買い物に来ているんじゃない。あの人としゃべりに来ているんだ」と言ったのです。

 その言葉を聞いた途端、彼女はその場に泣き崩れました。

 

 さて、仕事にまつわる二つの話、皆さんはどう受け止めたでしょうか?

 以上で私の話は終わりにします。


 

                

川の国応援団


 お隣の東中学校さんが、埼玉県の事業である「川の国応援団」に登録していて、一緒に活動しませんか、というお誘いがあって、本校のJRC部が以前からご一緒させていただいています。
 主に元荒川沿いの土手や河川敷、その周辺の道路の清掃活動(ゴミ拾い)ですが、そんな話を耳にしたので、一般の生徒にも呼び掛けてみたらと、JRC部の顧問の先生に話したところ、29名の生徒が参加してくれました。
 12月15日(土)9時から学校の周辺を中心として、清掃活動を行いました。朝から風が強く寒かったのですが、晴れて日差しもあったので、それほどの寒さには感じませんでした。
 実は、時期が差し迫ってからの呼びかけでもあり、それほど生徒は集まらないかなと
思っていたのですが、思いのほか多くの生徒に参加してもらい、少なからず嬉しくなりました。

自転車乗り方伝達講習会


 昨今自転車の乗り方について、マスコミなどでも話題になることが多くなってきました。本校でも、自転車で登校してくる生徒が約7割なので、日々事故の心配が絶えません。また、特に登校時に生徒が集中するので、近隣の方々にご迷惑をおかけしていると、常々気になっていました。
 上の写真は、教育委員会主催の自転車の乗り方を中心とする、交通安全講習会に参加した生徒による、伝達講習会の様子です。
 スケアード・ストレイト教育の技法を取り入れた事故の再現映像を見たり、自転車も軽車両の一つであり、被害者になることも多いが加害者にもなりうること、高校生の自転車乗車中の死者数では全国で埼玉がワースト4位であることなど、話してくれました。
 また、高校生がやりがちな携帯を操作しながら、イヤフォンを付けながらの走行がいかに危ないか、また並列走行は迷惑なだけではなく大変危険であることについても話してくれました。
 学校としても、機会あるごとに、また弛むことなく注意を喚起していきます。

周防大島との縁



 11月23日に、本校のグランドでサッカーのU18東部大会がありました。本校で行われるというので、コートわきで応援しました。
 対戦相手は草加西高校で、双方ともになかなかシュートのチャンスを作れず、結果としては0-0でした。詳しくはこのHPのサッカー部のところをご覧ください。
 そのサッカー部のHPに、周防大島にミネラルウオーターを送るプロジェクトの話が出ています。
 少し前に、サッカー部の顧問の先生と1学年の主任の先生が校長室へいらして、周防大島に水を送りたいという話をされました。
 新聞等で報道されているように、タンカーが島と本州をつなぐ橋に衝突したため、水の供給が絶たれ、島民の方々が大変苦労されているというのです。本校の平成29年度卒業生(34期生)は、修学旅行でこの周防大島の方々の家に民泊でお世話になった縁があり、サッカー部卒業生有志で、何か力になりたいという動きがあるということでした。
 34期の卒業生に呼びかけて、寄付を募った結果、2リットル約550本のミネラルウォーターを送ることになりました。
 今年も修学旅行で鹿児島へ行き、民泊体験をしてきました。地元の方々のご家庭にお世話になって、農業体験をしてきました。生徒たちの中には、お別れの時涙する者も少なくありませんでした。人と人のふれあいということを、しみじみと味わう素晴らしい機会だったのだと改めて思ったものです。そして今回、2年の時を経てもなお、そうした気持ちがつながっていることに、少なからず感動しました。
 ご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。

胡蝶蘭


 4月に胡蝶蘭をいただきました。この花は意外に長持ちで、最後の花が落ちるまで3か月ほど楽しめました。
 鉢に寄せ植えして見栄えよくしているものの、植え替えをしないとだめになってしまうそうです。そのうち植え替えを、と思っていたのですが暑い時期は避けたほうがいいというので、秋口にやっと行いました。
 1鉢から花茎が6つ出ていましたが、1株に2本の花茎で、3株をそれぞれ小さな鉢に植え替えました。よく見ると、根が少し黒くなっているものもあります。
 水をあげ過ぎると、根腐れを起こして枯れてしまう、とは聞いていたので、気を付けていたつもりでしたが、それでもあげ過ぎていたようです。
 2鉢分6株を計6つの鉢に植え替えました。そのうち2鉢は、元気がなく下の葉が黄色くなって落ちてしまいました。そして残念ながら1鉢は枯れてしまいました。
 もともと東南アジアの密林の岩や木肌に、張り付くようにして生育している植物なので、乾燥には強いけれど、常に湿り気がある状態は苦手ということのようです。
 良かれと思って過剰に世話を焼くと、それが仇になってしまう。人を育てるのも同じかな、ふとそんな考えが頭をよぎりました。
 一から十まで教えるのではなく、半分教えて考えさせる。初めから結論を言うのではなく、自ら解答にたどり着くように指導する。
 待つこと、ただ見守ること、これが意外に難しいのです。